望月 孝 TAKASHI MOCHIZUKI
1964年1月7日神奈川県川崎市の古市場で生まれ、小2から横浜市磯子に引っ越す、13歳頃からギター、ドラムなど演奏し始め、5人編成の高校生バンド幼年時代を結成しヴォーカルとして日の出町グッピーでデビュー作詞、曲も作りはじめる、幼年時代解散後、水すましを結成し、ギター、ヴォーカル担当、ソノシートやCDを出す、町田町蔵と人民オリンピックショウ、風天、レゲエやDUBなどさまざまなバンドを渡り歩いた.チェルノブイリ原発事故直後、日本初のサウンドデモをしたテレグラフから発売の分裂にドラマーとしてシングル版に参加もする。
マルチプレイヤーで KEMONOBANDリーダー望月孝が作詞、作曲、アレンジ、アートワークを担当、あらゆるジャンルからのエッセンスをブレンドした、その独自なブルースフィーリング。洗練された楽曲(ユニークでグロテスクな曲もある、インストロメンタルもなんでもあり)に、くせになるグルーヴ、社会的メッセージを込めた歌詞、サイケデリックでスリリングなギター奏法を開拓し、失敗を恐れず、どんなことにも屈することなく、突き進むその姿勢、オリジナル中心のライブ活動、アンダーグランドシーンの中で、常に世界に発信すべくバンドとして、牽引し続けている。若手ミュージシャンの発掘、プロデュース、的確なアドバイスをし、その影響力は、ベテランミュージシャンからも、一目おかれている。人脈も、クラシック界の重鎮から極北と称されるアンダーグランドまで、幅広くその行動範囲も、アメリカ、アジア世界各国におよぶ。世界でもっとも過小評価されているアーティストに仲間入りか?
2002年、タイのチェンマイのいのちの祭りの流れを汲む日タイ音楽交流チャリティーイベントに、メンバー揃って1ヶ月早く間違って着いてしまったあたりからじわじわと活動。様々な豪華ゲスト陣と、いつもちがったバージョンで。、ミラクルの連続。FMチェンマイでスタジオレコーディング。1週間の特別番組で、曲やインタビューなどオンエアーされ、いのちの祭りの宣伝活動(チェンマイ���ライブレストラン、地元の野外コンサートなど)、2ヶ月間、ほぼ毎日山間部の避暑地PAIのレゲエレストランバー(ブルーマウンテン)のハウスバンドとして夜明けまでJAMをくりかえす。ヨーロッパ,アメリカのバックパッカーから支持され毎夜大盛
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