Listening History

MAR-ROCK (まーろっく)
4TUNE Project
Red Bull SBM OB
Tokyo Creatist
Style Eloments
中学時代はバレーボール部で主将と(ダメ)生徒会長を務める。
希望ヶ丘高校進学と同時に、母や妹の影響もあり本格的にB-Boyingを始める。高校ではブレイクダンス部を設立し、横浜を中心に活動を始める。B-Boyingは、Floor Masters B-Boy シンヤ氏の元パワームーブを中心としたスタイルを練習。Be B-Boy U-18 Best4入りをキッカケにB-Boy Battleに参戦。2008年 B-Boy Park Team Battleを変態性欲向上委員会というチームで優勝。ダンスに気を取られ、大学受験に身が入らない日々を送った。また、海老名市役所と協力し、海老名中央公園を中心としたMusic&Danceイベントを主催側として経験。微力だったが、人を楽しませることを覚える。
滑り込みで神奈川大学に進学する。ダンスサークルを中心として練習を重ね、大学生ストリートダンサーの日本一を決めるBuzz StyleにてB-Boy Battle優勝を果たす。翌年、最後のB-Boy ParkにStyle Eromentsというチームで出場。仲間のおかげで優勝。波にノリノリのようで怪我がたえない日々。遂に、右手舟状骨を人生で初めて骨折。得意のB-Boyスタイルであった、テンションぶっ飛びスタイルが封印される。これが学生時代のターニングポイント。
治療期間中に、BC ONE(ブレイクダンスの世界大会)を主催している、Red BullでStudent Brand Managerというプログラムを発見。即時メールを送り、何とか採用されSBMとしての活動を始める。始めたが最後、B-Boyingの練習量が日に日に減って行き、とうとう練習をしなくなる。減って行く練習と引き換えに、増えて行く体重。しかし、仕掛ける楽しさとシーンにとって裏方の必要性を感じ、SBMとしてRed Bullやその他ストリート・カルチャー・シーンの現場で働かせてもらう機会が増える。2011年、Red Bull Racing Canというカー・デザイン・コンテストを仲間のSBMと手がけた。同年、スノーボードイベントに向かう途中、東北自動車道
