Thailand
瀧康太 TAKI KOTA
右利き
サッカーフリーク
猫派
ギタリスト
アーティスト
本名:白瀧康太
5歳から15歳までの10年間クラッシックピアノを学ぶが、ある日街で偶然目撃したパンクバンドのライブに衝撃を受け、顔面白塗りでステージで暴れたいという衝動が抑えきれなくなり、パンクバンドVANGUARD(バンガード)を結成。
同時にライブ、オリジナル曲の制作活動を開始。作詞作曲全パートを演奏した多重録音によるデモテープを4作発表。
VANGUAD解散後はPUNK、NEW WAVE、HARD ROCK、P-FUNK、FOLKに歌謡曲等の70’80’90’の音楽を独自の解釈でMIXした混沌としたオリジナル曲を量産し、4人組のバンド BLIND BARD(ブラインドバード)を結成するがあえなく解散。
バンド活動に見切りをつけてソロでのライブ、作詞作曲、レコーディングを中心に活動を続ける。
バンド活動の傍らギタリストとして数々のセッションに参加し、SAKURA、高村コータロー(JUNGLE)、大西ユカリなどの関西圏のボーカリストのバックバンドに参加。
1998年、大阪出身のボーカリストYOKOと出会い、ユニット siamese (サイアミーズ)を結成。
作詞、作曲、編曲だけでなく全パートの楽器を演奏してレコーディングしたデモテープが東京に渡り、1999年、ビクターエンターテインメントよりメジャーデビュー。3枚のCDを発表。
メジャーでの活動の傍ら、渋谷、下北沢のクラブを中心にDJやライブペインターとのセッションを開始。
2003年のユニット解散後、瀧康太と改名、自由な表現を追求し多重録音の手法を駆使したフリースタイルギターを名乗り、様々な場面での完全即興演奏や多方面のアーティストとのジャムセッションを中心としたライブ活動を開始する。
2004年、オランダロッテルダムから帰国したグラフィックデザイナー二神晃和と出会い境界線をクローズアップするミクロ映像とドローンサウンドで「空間を描く」ことを目的としたアンビエントユニット amatuti dub drawing space ( アマツチ ダヴ ドローイング スペース) を結成。
阪神淡路大震災復興10年のイベント「Peace Lab]」を四週にわたってプロデュースし、神戸長田の町の光