第1-2回「理性の地理学をシフト」せよ!(後編)
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第1-2回「理性の地理学をシフト」せよ!(後編)

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第1回後半では、このラジオのタイトルを決定するいきさつを通じて、話し手二人がどういう態度でこれをやっていくのかをお話したのち、「理性の地理学」を疑うというコンセプトを、話し手の具体的なルーツや経験を通じて紹介します。

既にレターやSNSを通じてご感想をいただいておりますが、ご自身の出身や経験を含めたお話をして下さってる方々も複数おられます。0.5回で話したように、「脱植民地化」は、どこかに「見習うべき模範」があるわけではなく、どこでも完全には達成されていません。だからこそスローガンとしてではなく、それぞれの人が自分の言葉と行動を作っていくしかないと思います。この番組が、そのきっかけや、そうした話が集まる場所になればと思います。

▲タイトルについて
・かずね提案のあるタイトル……
→「脱植民地化」は耳慣れないけどそのまま使おう!と思えた
・女性だけでこういう感じのコンテンツ珍しいよね
→「女子校」のノリのままやったらよくない=あの頃の友達とあの頃の向こう側へ!

▲「脱植民地化」の重要&今見逃されがちなポイント=「理性の地理学のシフト」
・そもそもなんでこんな研究やってるのか
→父親が書道家だったという起点(右往左往する美術、アート、伝統……)、母親の経験&ジェンダーの観点
・「地域研究」という専門(「普遍的」な理論を地域の観点から見返す)
→現状肯定的な「”ポリコレ”批判」とかとは違うんですよ
・博論とその時期の経験を経て地域研究の重要性を実感
→美術では、帝国の側から行う「自���反省」みたいな理論が有名。そもそも根本的に違う「グローバル」を示すという博論
→ベナン、フランス、日本でフィールドワーク
→「ディシプリンと地域の緊張関係」
(例:帝国側・欧米のミュージアムから話を始めるのではなく、モノが集められた側の地域の視点で話をする。)

▲「われわれ」を疑う
・『わたしが諸島である』(中村達)
→トレスセイラン:”欧米中心的欧米中心批判”でさえも頭の中の地図が欧米中心
→パレスチナ問題を起点に、西洋中心性・植民地主義批判が高まるが、結局「ヨーロッパ・アメリカ・中東」みたいな地図である場合が…

▲人それぞれの「見てる地図」の違い
・なぜ、西洋だけじゃなくてアラブの国々も止められないのか、の話とかは世界的な第三

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